岸川美好

岸川美好

地元の佐賀県・嬉野を愛する演歌歌手
ハンデをパワーに変え、夢に向かってまっしぐら

生まれたときからほとんど目が見えず、今では全く見えないというハンデを背負いながら、辛い思いを過ごした子供時代。
しかし1964年に開催された東京での第2回パラリンピックに出場した岸川美好は男子100メートル陸上競技に出場し、見事に金メダルを獲得した。
「前向きに生きていこう」そのときに決心し、その後鍼灸院やビジネスホテルなど多角経営に乗り出し事業化として成功を収める。
さらに歌手を目指すようになると、NHK紅白歌合戦への出場をお願いするため長崎〜東京までの1,500キロの道のりを妻とともに歩いてNHK放送センターで直談判、センター長には集めた署名約4万人分を手渡した。
その後作曲家の市川昭介氏との出会いからキングレコードより歌手デビューを果たす。
数々の伝説的な逸話を持ち、もはや「演歌歌手」という枠ではくくれないほど偉大な人物である。

PROFILE

出身地:山口県宇部市
現在地:佐賀県嬉野市
誕生日:1948年2月7日
夢は見るものではなく、実現するものである。
障害は逃げるものではなく突破するものである。

私は、今までの人生の中で、沢山の夢と目標を持って生きてきました。
叶った夢、叶わなかった夢と、いろいろありました。
叶った夢を、振り返って見ると、自分で叶うと信じて進んだ時は、実現できました。
ところが、少しでも、無理と思った時は、実現できませんでした。
ですから、叶うか、叶わないかは、自分自身の心が決めているのではないかと思います。
私の詳細なプロフィールは、ウィキペディアにてご覧頂くことができます。


岸川美好公式サイト

岸川美好「湯の町嬉野しのび宿」

岸川美好

湯の町嬉野しのび宿

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